top of page
  • alt.text.label.Instagram

「社長〜、事件です!!」が聞こえなくなった今

Ume
8 時間前
読了時間: 6分

この2〜3年で、あったかいごは随分大きくなった。

従業員数は、今や約200人。

以前は弱かった本部機能にも少しずつ力がつき、役割が分かれ、会議体ができ、情報が流れるルートも整いつつある。

最近になってようやく、

会社が「人の集まり」から「組織」になってきた、

そんな感覚がある。


創業当時、従業員は20人にも満たなかった。

当然、私も現場に入っており、職員に混じって働いていた。

何か起きれば、


「社長〜!!事件です!!!」


と第一報が飛んでくる。

すると私は、


「何が起きた!?」


と、切り込み隊長よろしく現場へ走る。 代表取締役という肩書きだけ見ると偉そうだが、 その実態は、施設長兼介護士、という何でも屋だった。

ただ、当時はそれでよかった。

職員数も少なく、みんなと密にコミュニケーションを取り、

仕事が終われば一緒に食事をし、そのまま呑みに行く。

仕事の話をし、くだらない話で盛り上がり、愚痴を言い合う、

それはまるで家族のような距離感だった。


ところが、創業から5年ほど経つ頃には施設は3つ、 気がつけば従業員は100人を超えていた。

各施設には施設長も管理職もいる。

それでも現場で何かあれば、


「社長に言おう」


上司に不満があれば、


「社長に相談しよう」


会社に言いたいことがあれば、


「社長なら聞いてくれる」


という文化が出来上がっていた。

パート職員から直接、


「社長、ちょっといいですか」


と相談が来ることも日常だった。


上司も施設長も飛び越えて、最初の報告・相談先が社長である私。

完全に、 社長直通・無料相談窓口である。


当時の私は、

職員の話を聞く社長=良い社長

だと信じていたため、職員から話があれば、迷うことなく話を聞いていた。


「社長、少しお時間いただけますか?」


という言葉で始まった話が、本当に「少し」で終わったことはほとんどなく、

気がつけば1時間。

どうやら私と職員では、「少し」という言葉の定義がかなり違っていた。 それがそ毎日のようにあり、日によっては一日に何度もやって来る。

しかも当時は、

「社長、最近仕事が最高に楽しくて仕方ありません」


という報告のために、わざわざ私を捕まえにくる職員はいなかった。

来るのはだいたい、

上司、会社への不満、

人間関係のトラブルの相談、

退職の相談等、

その殆どが何らかの問題があり、

そのうち私は、


「社長」


と声をかけられるたびに、


「今度は何が燃えているんだ」


と身を固くするようになった。

時には、一瞬、聞こえなかったことにできないか考えるようになっていた。


今思えば、かなり末期である。


だが、本当の問題は、私が疲れていたことではない。

組織が、社長一人に依存していたことだった。

施設長がいるのに、施設長で問題が止まらない。

管理職がいるのに、管理職が判断しない。

現場も、


「上司より社長に言った方が早い」


と学習している。

そして私自身も、相談されたら答えを出し、問題を解決していた。

その結果、本来なら管理職が考え、判断し、その結果を引き受けるはずだった機会まで、

私が奪っていたのだ。

管理職は判断する経験を積めず、

職員はまた 「社長に聞けばいい」 となる。

実によくできた悪循環だ。

しかもこれ、仕組みとしての完成度だけは妙に高く、 この仕組みが壊れることはなかった。

そこに悪意はなく、あるのは善意だけ。

だが、善意だけでも、組織は歪む。

当時の私は、『何かがおかしい』とぼんやりとは感じていたが、

その正体は掴めづにいた。


あれから約2年。

私はようやく、

組織には、情報が流れる適切な道があり、

必ず意思決定する場があり、

役職ごとに責任と権限がある、

という、ごく当たり前のことを学んだ。

そして、少し痛い事実にも気づいた。

組織がおかしくなった原因の一つが、 私自身だったことだ。

20人の会社では正しかった動きが、

100人の会社では、組織を壊す動きになった。

善意で問題を解決しているつもりが、

私自ら、社長依存型組織」を育てていたのである。

経営とは本当に恐ろしい。

昨日までの成功体験が、今日の組織では足かせになることがあるのだ。


この2年間で、私は「組織」の意味を理解しはじめた。

組織図は、ただ役職を並べた図ではない。

必要な情報を、

必要な人に、

必要なタイミングで届け、

誰がどこまで判断するのかを示すものだ。

もちろん、重大事故やコンプライアンス上の問題、直属の上司自身が問題の当事者である場合など、通常のルートを飛び越えるべき案件は別である。 組織図は、問題を隠すためにあるのではない。

必要な情報を、適切な人へ届けるためにある。

考えてみれば、極めて普通の話である。

だが、この「普通」にたどり着くまでに随分時間がかかった。



最近、昔を知る職員から、時々こう言われる。


「社長、変わったよね」

「昔の方が良かった」

「あの頃は楽しかった」


その言葉を否定するつもりはない。

正直、私にも少し寂しさがある。

私は元来、人が大好きで、

「人類皆兄弟」

くらいの精神で生きてきた人間だ。

思えば、経営者としては少々、距離感に問題があった可能性もある。

それでも、私自身もあの頃が大好きだった。


ただ、

昔のままではいられない。

職員が20人と、

100人と、

200人と、

400人では、

同じマネジメントでは通用しない。

20人の頃には正しかったことが、200人では間違いになることがある。

20人の頃は、私が直接話を聞き、判断し、動くことで会社は速く動いた。

だが200人の会社でそれを続ければ、

管理職は育たず、

組織図は形だけになり、

最後には、

社長自身が会社最大のボトルネックになる。

組織とは、まるで生き物だ。

成長すれば、

必要な栄養も、 着る服も、

住む場所も、 所属する場所も、

関わり方も変わる。

子どもが成長したのに、

「昔この服が似合っていたから」

と同じ服を着せ続ければ、そのうち破れる。

中学生になった子どもに、赤ちゃんと同じような関わりを続けていれば、 自分で考え、自分で動く機会を奪ってしまう。

組織も同じである。

だから私は、成長する組織の中で、変わらなければならなかった。

職員から遠くなりたかったわけでも、

冷たくなりたかったわけでもない。


私一人が話を聞かなくても、適切な人が話を聞く。

私一人が動かなくても、適切な権限を持つ人が判断し、必要な情報は経営まで届く。

そんな会社にする必要があるのだ。

昔は、

「社長に直接言えば何とかなる会社」

だった。

今は、 「それぞれが役割を果たし、組織として問題を解決できる会社」 を目指している。

近頃は、

「社長〜、ちょっと聞いてよ〜!!」 と、現場から直接私の耳に情報が入ることは、ほとんどなくなった。

少し物足りない気もする。

だが、それまで私一人が抱えていた仕事を少しずつ部下へ渡し、 これまで私一人に集まっていた判断を、 今は管理職や本部がそれぞれの役割として担っている。 これは、組織が私の手を離れ、 自分の足で歩き始めたのだと思う。

さて、来年400人規模の組織になるが、 組織の成長に私達自身がついていけるのか。 未来を想像すると、恐ろしくもあるが、それ以上にワクワクしてくる。



 
 
 

コメント


介護職員等特定処遇改善加算

にかかる情報公開

(見える化要件)

bottom of page