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海外に行くと、人はなぜ急に英語を使いたくなるのか。
少し前の出来事になるが、 私は、人生初の海外旅行デビューをした。 あくまで仕事だったのだが、何名かの経営者仲間とミャンマーを訪れたのだ。 旅の目的は、日本で特定技能として働くことを目指す若者たちが通う学校の見学。 そこでは、多くの学生が日本語を学んでいた。 将来、日本へ行き、日本で働くためである。 慣れない文字を覚え、聞き慣れない言葉を覚え、日本の文化を学ぶ。 海外で働くというのは、こちらが想像する以上に大変な準備が必要なのだと思う。 実際、学校で彼らが勉強する姿は真剣そのもので、その姿勢に心から感動した。 そして学校見学の最後には、学生たちとの食事交流会が開かれた。 美味しい食事を囲みながら、将来の夢や、日本に来たら何をしたいのかを聞く。 嬉しそうに自分の未来を語る彼らを見ていると、こちらまで楽しくなり、酒もいつも以上に美味しく感じられた。 宴もたけなわ。 すっかり酒も回った日本人社長たちに、学生たちが歌を披露してくれることになった。 曲は、アンジェラ・アキさんの「手紙」。 もちろん、日本語である。 これが、本当に見事だった。 若者たちの綺麗
Ume
7 時間前


「社長〜、事件です!!」が聞こえなくなった今
この2〜3年で、あったかいごは随分大きくなった。 従業員数は、今や約200人。 以前は弱かった本部機能にも少しずつ力がつき、役割が分かれ、会議体ができ、情報が流れるルートも整いつつある。 最近になってようやく、 会社が「人の集まり」から「組織」になってきた、 そんな感覚がある。 創業当時、従業員は20人にも満たなかった。 当然、私も現場に入っており、職員に混じって働いていた。 何か起きれば、 「社長〜!!事件です!!!」 と第一報が飛んでくる。 すると私は、 「何が起きた!?」 と、切り込み隊長よろしく現場へ走る。 代表取締役という肩書きだけ見ると偉そうだが、 その実態は、施設長兼介護士、という何でも屋だった。 ただ、当時はそれでよかった。 職員数も少なく、みんなと密にコミュニケーションを取り、 仕事が終われば一緒に食事をし、そのまま呑みに行く。 仕事の話をし、くだらない話で盛り上がり、愚痴を言い合う、 それはまるで家族のような距離感だった。 ところが、創業から5年ほど経つ頃には施設は3つ、 気がつけば従業員は100人を超えていた。 各施設には施
Ume
9月25日


まだアラバスタ。――5施設目、須恵という航路
明日、9月1日。 いよいよ、有料老人ホーム「あったかいご須恵」が新規開設となる。 起業して8年目。須恵で、あったかいごの有料老人ホームは5施設目となった。 5施設。 こうやって数字だけ書くと、なんとなく順調そうに見える。 最近ではありがたいことに、 「勢いありますね」 「また新しい施設ですか」 などと言っていただくことも増えた。 しかし、当然ながら最初からこんな感じだったわけではない。 むしろ最初の頃は、 「この人、本当に大丈夫かな」 という目で見られていた時間の方が、圧倒的に長かったような気がする。 まあ、当時の私を振り返ると、その評価については完全な誤解とも言い切れない。 さて、創業施設である大野城を開設して間もない頃から、私は一つの目標を持っていた。 「15施設をつくる」 という目標である。 なぜ15なのか。 ここに壮大な経営理論でもあれば格好いいのだが、当時の私は単純に、 「そこまで行きたい」 と思っていた。 それはもう、ルフィが幼い頃から「海賊王になる」と決めていたのと同じくらい、かなり純度の高い野望だった。 ただし、問題が一つあった。
Ume
8月31日


素直さという資質(介護現場で働く上で、必用不可欠な資質について)
素直な人は、伸びる。
素直な人は、信頼される。
素直な人は、周囲を良くする。
Ume
5月9日


コンビニ強盗と、110番を忘れた夜。
「金を出せ!!」
相手はもう一度言った。
よく見ると、右手には刃物が握られていた。
Ume
4月14日
介護職員等特定処遇改善加算
にかかる情報公開
(見える化要件)
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